なぜお城にしゃちほこが乗っている?名前の由来は?【チコちゃんに叱られる!】

2020年4月10日金曜日にNHKで放送された

「チコちゃんに叱られる!」

「お城のしゃちほこはなんで乗ってる?」

というおもしろい話題があったので、紹介したいと思います。

「しゃちほこ」といったら名古屋城の金のシャチホコですかね?

なにかの魚なんだろうけど、顔がやけにゴツイな・・・

くらいしか考えたことがないです。(;^ω^)

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「しゃちほこ」の名前の由来は?

「しゃちほこ」って言葉、普通に当たり前のように使っていますが、

「しゃち」+「ほこ」という2つの言葉でなりたっています。

そもそも「しゃち」ってなに?

「しゃちほこ」のお顔のゴッツイ魚は

(しゃち)といって、

文字通り頭が虎(トラ)で体が魚の姿をした、想像上の生き物です。

口にするどい牙と背中にトゲトゲがあります。

とっても強そうでカッコイイ!

インドから中国経由で日本に伝わったといわれています。

顔が龍という説もあります。私もしゃちほこの顔は虎というよりも龍に近いかな、と思いますがしゃちの漢字が「鯱」なので虎説が有力かもしれません。

龍や麒麟(きりん)も同じく中国から伝わった

有名想像上動物?ですね。(^ω^)

海にいるクジラの仲間に「シャチ」というのがいますよね?こちらは明治時代にしゃちほこの「鯱」にちなんで名付けられた名前なので、しゃちほこが元祖です。

それと「ほこ」ってなに?

しゃちほこの「ほこ」とは鉾(ほこ)といって、

槍(やり)のように長い棒の先に

両刃の剣のような先っぽがついた武器です。

槍の突き刺す攻撃に対して、ほこは切りつけることもできます。

槍のもととなった武器で、ほこのほうが先輩です。

しかし、優秀な後輩である槍に主役の座を奪われてしまいます。

がんばれ!ほこ先輩!(; ・`д・´)

鉾(矛とも書く)の先端図:Wikipediaより引用

なんで「しゃちほこ」っていうの?

しゃちほこの「しゃち」がしっぽをピーンと上に突き上げた、

攻撃的でめちゃくちゃ腰に悪そうな姿勢が

武器の「ほこ」の先っぽのようだ、ということで

「しゃちほこ」(鯱鉾)となったとされています。

昔の人ってほんとうに想像力が豊かですね。

私だったら「エビのようだ・・・」としか思いません。(;^ω^)

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なぜお城にしゃちほこが乗っているの?

それは「織田信長」へのリスペクト!?(; ・`д・´)

初めてお城にしゃちほこを乗せたのは織田信長だったのです。

それまでは土で出来た、天守閣も石垣もなく

高さが低くて地味な山城が主体でした。

しかし信長は城の立派さを見せつけて、

巨大な権威で相手を屈服させる

という方法を考え出したのです。

それが織田信長が作った「安土城」(あづちじょう)です。

安土城天主復元模型1/20スケール:Wikipediaより引用

中国の文化に影響を受けていた信長は

中国の宮廷の屋根に乗っていた「龍」を参考にして、

自分の城の屋根にも龍を乗せようと考えました。

しかし、中国の宮廷に乗っていた龍には胴体がなく首だけのものでした

武士として、それは「打ち首」のようなイメージで縁起が悪い

と考えた信長は、見かけもカッコよくて強そうな

「鯱」(しゃち)に目をつけます。

鯱には火事の時に水を出して火を消す、という伝説もあります。当時火事は大ごとだったので、この伝説も信長をひきつけたのでしょう。

それでできたのが、天守閣に「しゃちほこ」が乗った

「安土城」なのです。

しかし1582年、「本能寺の変」で信長はこの世を去り、

安土城も焼失してしまいます。

しかし、その後をついだ豊臣秀吉が信長をリスペクトして

信長のスタイルである、しゃちほこの乗った大阪城を作ります。

そして秀吉の配下の大名たちにも、しゃちほこが乗った城を作らせました。

こうして全国のお城に「しゃちほこ」が広まったのです。

なぜお城にしゃちほこが乗っているの?まとめ

今、日本中にあるお城のデザインは

織田信長から始まったものだった、とは知りませんでした。

それを信長をリスペクトしていた豊臣秀吉が広めた。

なんか、戦国ロマンって感じのお話ですね。(^ω^)

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